3. イスラエルのビジネス



  イスラエルの経済は、ハイテクを中心とし、イスラエルの労働者の構成は、製造業および建設業が28%、農業、林業、漁業は2.6%で少ないが、穀物以外は食糧を自給している。他はサービス業に従事。 輸出品はカット・ダイヤモンド、ハイテク機器、果物や野菜などの農産物、輸入品は、ダイヤモンド原石、武器を含む機械類、石油、消費財で、相手国は EU(輸出32%、輸入52%)、アメリカ(輸出31%、輸入20%)、日本(輸出7%)などとなっている。
  イスラエルは、毎年かなりの額の歳入不足であるが、その不足は海外からの巨額の譲渡支払および外国ローンによってカバーされ、政府の対外債務の約半分はアメリカからである。(経済、軍事援助)  ・・・ 1997年情報

  人口: 約697万人(2005年) ・・・ 旧ソ連からの移民は75万人(全人口の6分の1、1989−1997)
  失業率: 7.7%(1997年)   
  宗教: ユダヤ教82%、 イスラム教 14% (スンニ派)、 キリスト教 2%、 他・ドゥルーズなど
  産業: 食品加工、ダイヤモンドのカットおよび研磨、織物および衣服、金属製品、軍事装備、運輸機器、電化機器、機械類、カリウム採掘、ハイテクエレクトロニクス、観光
  農業: 柑橘類および他の果物、野菜、綿、牛肉、鶏肉



  (1) ユダヤ人の考え方:

  約600人のノーベル賞受賞者のうち、約20%がユダヤ人といわれ、ユダヤ人は人類の英知の開拓にいかに貢献してきたかを物語っている。
  ユダヤ人の発想のユニークさはどこから来るかの問いに対し、イスラエル大使館の公使L・エラッド氏によると、3つ挙げられた。

  1) 民族の苦難の歴史から、”知識こそ何物にも代え難い財産である”、”知識は身を助ける”と考えるようになったこと。
  ナチスによるユダヤ人への迫害の時、スイスの銀行に預けていた財産さえもスイス政府に簡単に没収された。したがって、最終的に身を守るのは、知識であり、教育に対する投資だと深く認識するようになったのである。定住地を持てなかったユダヤ人にとって、いざという時に持って逃げられる頭脳こそが、一番の財産となったのである。(”教育ママ”のことを英語で、Jewish motherという)

  2) 迫害を受け続けてきたので、商いをして稼ぐ以外に生きる道はなく、必然的に知恵を磨かなければならなかった。
  ユダヤ人には、商売で磨かれた先進的でユニークな発想がある。ユダヤ人は長く放浪の民だったことによって、自然とグローバルな考えを身につけ、地理的、時間的なハードルを越えた生き方をするようになった。そして、いち早く、世界的な情報網の重要さを知り、国境・文化・言語の壁にとらわれず、それをビジネスに活用するようになった。(特に、国際金融の分野、世界的なユダヤ資本の形成など)

  3) ユダヤ教の教えによるもの。
  ユダヤ人は、他人がやっていないこと、他人と違うことに価値を見出す傾向が強い。(ユダヤ教の第一原則 ・・ 他人と違うことを良しとする、;これは、日本とは正反対の精神風土) これは、先入観を受け入れない頑固な民族性である。すなわち、絶対的な価値を疑え、常にクエスチョン、全員賛成の議題は不成立、・・・それが、ユダヤ人の普通の勉強の仕方である。そして、ユニークな商品や不可能といわれていたものを可能にした多くの商品を生んだ。
  ユダヤ民族が持つ強烈な”エリート意識”はこのように形成されてきたのである。

  * クリスチャンも、(主にあって、)このような肯定的な意識を持ち続けたい。ただし、ユダヤ教そのものは、旧約聖書の精神と似ても似つかないものになっている。

  ** 日本は”根回し”の世界であり、会議でも議論を好まず、役員会でも沈黙の場である。”沈黙は金”、”雄弁は銀”。(日本人とDNAが近い)チベットでも、自分を殺して社会に尽くす人が尊敬されるという。 しかし、ユダヤ社会では、”沈黙は無能”である。日本では反対意見を述べると上司との信頼関係が崩れると気遣うが、ユダヤ人は、相手が社長であろうと会長であろうとおかまいなしに反対意見を言う。それで信頼関係が崩れることは絶対にない。ユダヤ人は自由な議論の中から正しい結論を引き出そうと最大限努力する。



  (2) イスラエルの人材の質の高さの理由:

  イスラエルにおいて、頭脳集約型のハイテク産業が大きく開花しているのにも、3つの大きな要因がある。

  1) すぐれた教育システムの存在:

  イスラエルは教育熱心で、幼稚園からパソコンに触れさせ、小学校ではパソコンで宿題を片付け、中学校では基礎的なプログラミングまで教える。(cf. 日本は、大学生の数学の基礎学力の低下が著しい。技術革新を根底で支えているのは数学であり、日本は IT(情報技術)革命ですでに世界に遅れをとり、また、バイオでも遅れている。数学・科学教育を再構築しないと大変なことになる。)

  また、イスラエルの世界的に有名な大学、研究機関が、産学協同を行っている。(テクニオン・イスラエル工科大学: イスラエルのハイテク企業経営者の6割がここ出身、米マサチューセッツ工科大と同レベル) 大学や研究機関は、それぞれの研究を民間企業に紹介し(大学内にそのマーケティングのための組織があり、売上規模は15−20億円くらい)、産学協同の注文を取ったり、技術を売ったりしている。(米国でも、広範囲な産学協同をしている。日本は学ぶべき点が多い。)

  2) 軍というビジネススクールのシステム:

  イスラエルは周囲を22の仮想敵国に囲まれ、安全保障が最大の国家的命題であり、そのため国民皆兵(男子: 18−29歳まで3年間、女子: 18−21歳まで約20ヶ月、ただし、ユダヤ教宗教学校の学生と29歳以上の新移民とは事実上 免除)であり、普通は、大学で学ぶのは兵役を終えた後になる。
  兵役に就くと、数学に秀でた者は、戦闘部隊ではなく、コンピューターを扱う情報部門などに配属され、グループ単位でプロジェクトを編成し高度なシステム開発などに携わる。そこでは最先端の機材がふんだんに与えられ、最先端の実践技術に生で触れ、基礎から応用に至るまでの英才教育が行われる。そして、軍で一緒だった者同士が同じ大学に進み、後に共同経営者としてハイテク・ベンチャーを起こす場合が多い。(高校までの成績が特別すぐれた者には、卒業後は軍に籍を置いたまま、軍関連企業で最先端の研究開発に携わる”タルピオット”という少数生精鋭のエリートコースも用意されている。)

  3) 旧ソ連の軍事技術の流入:

  旧ソ連からのイスラエルへの移民は、91年のソ連崩壊から急増し、99年には有権者19%(80万人/全国民428万人)にもなった。このうちの相当数が、軍や国の研究機関で働いていた第一線の技術者・科学者であり、すぐれたアルゴリズムや、基礎研究・素材研究などの成果を持ってきた。
  90年代は、優秀な人材を確保するために、米国の巨大企業がイスラエルにR&Dセンター(R:Research、D:Development =研究・開発)を開設するほどになった。この時期、中東和平が推進されたので、地元企業も外資企業も優秀な人材の囲い込みを行った。そこに、旧ソ連からの人材が流入してきたので、すぐれた人材の供給不足を補うことができたのである。 R&Dセンターでは、研究者の3人に1人が旧ソ連系移民であり、彼らは非常に精力的に働くという評判である。



  (3) イスラエルの産業:


  T 通信・ソフト・マルチメディア

  1) 情報通信分野:

  ・ 光電送・高速データ電送システム 高速データ電送装置のECIテレコム社は世界のシェア7割、140カ国、売上の95%は海外で計上。80年代軍に通信機器を納入する軍需企業として出発した。他に、タディラン、RADデータ・コミュニケーションズなど。
  ・ 移動体通信ではDSPコミュニケーションズ(インテルに買収された)、衛星通信ではジラット・サテライト・ネットワークスが世界のトップである。
  ・ 赤外線通信による無線RAN、ロケーション管理システム(”エイリス”)では、エルパス、モルダットなど。
  ・ インターネットファックスではラドリンクス、ケーブルテレビ用モデムではリビッド・シグナル・プロセッシングなど。

  2) ソフトウエア:

  ・ インターネット関連 ネットセキュリティー(ファイアウォール)ではチェックポイント社が世界一、他にも、インターネット関連の有力企業が多い。
  ・ インターネット使用の格安国際電話のボーカルテック(世界市場の7割)
  ・ ソフトプロテクション(不正使用、違法コピー防止)ではアラジン、ネット新聞のゼブラ・プッシュウエア・ソリューションズ、フォトネットのピクチャービジョン、インターネットファックスのCMRコミュニケーションズ、企業の事務サービス(FSM(フィールド・サービス・マネージメント):電話による顧客対応、在庫管理、メンテナンス管理)のRTS、通信事業者向けの課金システムのアムドクス(米国サウス・ウエスタン・ベル社が50%出資)など。

  3) 医療機器:

  ・ 免疫システム利用の画期的なガン診断システム”セル・スキャン”のメディスEL、CT(コンピューター断層撮影)のエルシント、低価格のMRI(核磁気共鳴映像、←ミサイル技術を転用)関連システムのガリル・メディカル、手術用血流モニター(←軍用暗視カメラ技術)のオプガル・オプトロニクス・インダストリーズ、SIDS(乳幼児突然死症候群)用の警報装置のハイセンスなど。

  4) マルチメディア・視覚的処理・画像処理技術など:

  ・ デジタル製版システムのサイテックス(創始者はNASAで月面から映像を送るシステムを手がけたF・E・アラジー)、印刷会社向けのデジタルプリンタのインディゴ、自動織物検査システムのエルビット、自動光学検査システム(プリント基板用)のオルボテックス
  ・ ストリーミングビデオ(インターネット使用の画像データ・動画配信)およびインターネット・テレビ電話のVDOネット、画像データの圧縮・伸張処理用集積回路(デジタルカメラ用LSI)のゾーラン、MPEG(映像・音声圧縮・伸張)および航空機内のマルチメディアサービスのオプティベース、超小型プロジェクターのユニック・ビュー、三次元ワイヤレスマウス(超音波使用、ゲーム用)のペガサス、エデュティメント・ソフト(教育・娯楽兼用ソフト)のエデュソフトなど。


  U 農業技術・バイオテクノロジー・他

  1) 灌漑システム:

  ・ ネタフィム社は、乾燥地や塩害のある土地にきわめて有効な、パイプに穴をあけ植物の根元だけに液肥を混ぜた水を滴下する”ドリッピング灌漑システム”を開発した。この方式はパイプ敷設技術コンピューターを使った高度な給水管理技術が必要であり、そのパイオニアであるネタフィム社は多くの特許を持っている。
  この技術はすでに、中南米、アジア、オーストラリア、アフリカなどに輸出され、砂漠や荒地の緑化に貢献している。
  日本でも、沖縄の農園(砂糖きび、パパイヤ、パイナップル)、国内各地のハウス栽培(トマト、花卉類)、公園、ゴルフ場、競技場の芝・植木、イベント会場などに実績がある。(・・ただし、多湿な日本では使用範囲が限られ、システムに故障が出る、などの問題もある)

  ・ 他に、カーネーションの品種改良のR・シェミー、コンピューターによる酪農マネジメントのS・A・Eアフィキム、作物の生育モニターシステムのサイトモニタリング・テクノロジーズなど。

  2) バイオテクノロジー:

  ・ 遺伝子工学用の診断分析試薬、その関連器具、診断分析キットなどのオルジェニクス社などがある。

  3) 代替エネルギー:

  ・ 実用的な太陽熱利用の発電機のルツ社は、年間300日以上晴れるイスラエルの気象条件を活かしたソーラー発電を手がけている。(* 石油は、エジプト、アメリカ、メキシコからの輸入に頼っているため)
  ・ オルマット社は、高濃度の塩分を含む水(死海の水)に太陽熱を吸収させ(上に真水でふたをすると85℃にもなる)、ガスで発電タービンを回す、太陽熱発電・エネルギーの貯蔵システムを開発した。



       ・・・・・・ (参考文献)  『イスラエルの頭脳』、川西 剛、祥伝社、2000 6


  * ユダヤ人とは:

  @ ユダヤ教の慣例法規ハラハーによる定義: 「ユダヤ人の母親から生まれた者、または、ユダヤ教に改宗した者」

  A ”帰還法”(1950年)による定義: 「配偶者か両親、祖父母のいずれかがユダヤ人であれば、イスラエル市民として受け入れられる」(@よりも広い) ただし、
  A’ この帰還法には1970年に、 「他の宗教の成員ではない者」 の条項が加えられた

  (また、クリスチャンであってもクネセト(国会)の仕事をしているなどの理由によって”永住権”を受ける人もいる。)

  全世界のユダヤ人口: 1300万人、その内、 イスラエル: 523万5千人(全体の40%)、 アメリカ: 528万人、 イギリス: 30万人、 フランス: 49万4千人、 ロシア: 約100万人、など
   イスラエルは、1980−2005年まで191万5207人(内、旧共産圏から101万3956人)を受け入れた。
   これでも、まだユダの半分以下であり、これにさらに残りの十部族が加わるはずである


    (参考) → 3. シオニズム運動と現在の動き )


  ** 代表的な宗教行事(イスラエル・ユダヤ人の行事):

  @ 過越しの祭(ペサハ、7日間、3−4月(ユリウス暦))・・・出エジプトを記念、マッツァ(種なしパン)を食べる
  A 7週の祭(シャヴオット、5−6月)・・・シナイ山で十戒を授けられたことを祝う、乳製品と蜂蜜を食べる
  B 律法感謝祭(シムハット・トーラー、9−10月)・・・1年間のトーラー読了を祝って踊る
  C 新年祭(ロシュ・ハシャナ、2日間、9−10月)・・・新年を祝うとともに”悔恨の10日間”を過ごす。年頭なので贈り物をし、ご馳走を食べる
  D 贖罪の日(ヨム・キプール、9−10月)・・・新年から10日目、断食し、過去1年間の罪を悔い改めて祈る
  E 仮庵の祭(スコット、7日間、9−10月)・・・秋の収穫を祝う祭、出エジプト後の7日間 仮庵住まいだったことを偲び、庭やベランダに仮小屋を建てその中で食事をする

  → 新約信仰では かなり解釈が異なる
  @過越しの祭は キリストの十字架の贖い(キリストの血によって災いが過ぎ越す。ちょうど過越しの祭の時に主は十字架にかかられた。「初穂」(レビ23:10)はキリスト)、A7週の祭は キリスト復活後のペンテコステ(=五旬節)の聖霊降臨(使2:1−4)、(Bは聖書に無い)、

  そして、C新年祭は 「ラッパの日」(ユダヤ歴で7月1日; レビ23:24、マタ24:31、Tテサ4:16、黙11:15 ・・・ 終末の重要なしるし、10日間は”終末の艱難期”)、D贖罪の日(レビ23:27)は 「贖い」(ルカ21:28(***))すなわち主の再臨の時の救い、E仮庵の祭は 「千年王国」、エジプト(この世)から贖われたこと、ただし 永遠の「新天新地」に比べれば地上の千年王国は”仮庵”

     ・・・・・  主の関心が再びイスラエルに戻り、終末の出来事はイスラエルを中心に行われる

  *** この「贖い(ギ: アポリュトゥローシス)」は、福音書ではここだけにあり、パウロ書簡では「再臨」のこととしている


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